『吉川英治全集 三国志』新聞広告(1966年7月19日〜10月29日)

1969年(昭和45年)に講談社の創業60周年を迎える。それを記念して1966年(昭和41年)8月から1970年(昭和45年)9月にかけて『吉川英治全集』全56巻(1979年より表装等を改めた『吉川英治全集』全58巻が刊行されたため、それと区別するためこの56巻本を以下「旧版」とする)が刊行された。毎月配本直前になると朝日新聞に広告が掲載され、次はいつ・どの作品が刊行されるのか等の情報も載せられていた。今回は先日少し話題にした横山光輝氏が参照した生賴範義氏の人物画について触れていきたい。

横山光輝三国志』と生賴範義
http://d.hatena.ne.jp/kyoudan/20170527/1495849797

「旧版」第26〜28巻に『三国志』が収録されており、1966年(昭和41年)8月〜10月にかけて配本された。その新聞広告に生賴氏が携わる。

・BIOGRAPHY of 生賴範義
http://ohrai.net/biography.html

上の生褚氏の公式サイトに拠ると「講談社創立60周年記念『吉川英治全集 三国志』の全面広告が朝日新聞に掲載される。出版社の全面広告は当時としては画期的であった。生賴範義は点描で三国志に登場する6人の英雄たちを描いた。英雄たちは広い紙面の上でいきいきと輝き、読者に大きなインパクトを与え『吉川英治全集 三国志』は大ヒットする。」とある。人物を線画ではなく点画で描いたのは当時としては前衛的であり画期的だったようである。

以下に朝日新聞に掲載された「旧版」『三国志』の広告を紹介していく。

朝日新聞』1966年(昭和41年)7月19日火曜日 朝刊,8版,4面

吉川英治全集
8月10日発売!第1回配本三国志(一)■予約募集中全48巻別冊5

雄大な構想 あふれる詩情
若々しい史眼 鋭い現代感覚
人生の厳しさ 淋しさ 深さを語り
日本人の心と 青春の息吹を描いた
偉大な“作家”吉川英治
ここに 日本民族の歴史があり
明日を生きる青年の指針がある

全面広告で来月より『三国志』『講談社の絵本』が発売する、というアナウンスのみを掲載する。

朝日新聞』1966年(昭和41年)8月10日水曜日 朝刊,8版,4面

講談社創業60周年記念出版●国民待望の豪華決定版=誕生!
吉川英治全集
編纂委員=川口松太郎川端康成小泉信三小林秀雄/佐々木茂索/獅子文六(五十音順)

いよいよ本日発売
爆発的反響!●発売前日までに予約数25万突破!

英雄・豪傑がくりひろげる世界一面白い小説
三国志(一)
第1回配本●記念特価590円 定価680円 第2回配本以降

中国の大地をめぐる軍馬の轟が…数千の英雄たちの勇姿が…
豪快なスケールで展開する一大ロマン!吉川「三国志」は、この
二千年前の壮大な歴史に、現代の息吹をあたえました。しかも、
数々のエピソードは、あなたの人生に大きな夢を育ててくれます。


例のない個人全集 川端康成(作家)
全五十三巻とは、個人全集として例がなく大きい樹林か大きい山脈を見るような壮観である。これは出版社の吉川氏にたいする尊敬にもとづく抱負であろうが、もちろん、吉川氏の人と作品とがあって出来ることであろう。吉川氏のほかに出来る作家はないであろう。そうして、全五十三巻の作品目録を一覧する時、四十年余りにわたる、吉川氏の厖大な読者の感興が今に打ち寄せて来るように思われる。


日本人の心の文学 池田大作創価学会会長)
吉川英治氏の小説は、少年時代、青年時代を通じて愛読し、今なお愛読書の一つである。幅広い読者をもつゆえんは、易しい中に深い小乗哲学を根底にし、所詮、人間の真髄を鋭く、闊達に描いておるからであろう。そこには、吉川氏自身のヒューマニズムがにじみ出て、深い感銘を与える。ともあれ、最も日本人に親しまれ日本人の心に永遠に残る小説であることは、間違いないことだ。


熟読した吉川「三国志」 山本富士子(女優)
吉川先生の「三国志」は、実に面白く、夜のふけるのも忘れて熟読したものでした。中に出てくる“隴を得て蜀を望む”“七歩の才”“三顧の礼”“泣いて馬謖を斬る”“髀肉の嘆”など、「三国志」の英雄たちが残した人生の名言名句は、今もノートして持っています。

吉川『三国志』1巻の配本日の朝刊に『三国志』だけの一面広告が大きく掲載された。前述したように、生褚氏の人物画が用いられたのがこの全面広告である。掲載する6人の英雄とはすなわち劉備諸葛亮張飛関羽孫権、そして曹操で、渡辺紳一郎氏による解説文が次のように付けられている。

劉備
漢の景帝の子孫であるが、おちぶれてクツ屋をしていた。だが、穏やかで、徳望のある人物であったため、暴れん坊の関羽張飛に慕われ、桃園で義兄弟の杯を交して、民衆を苦しめ、国家を乱した黄巾賊を一掃する。後に軍師・孔明のスカウトに成功して蜀の帝位につく。

孔明
学者だけに、関羽張飛ほどの面白味はない。劉備参謀総長。戦略にたけていた。豊臣秀吉竹中半兵衛のような人物。又、楠木正成は日本の孔明といわれていた。劉備が死ぬ時、息子がバカだったら帝の位について欲しい……とまでに尊敬されていた。

張飛
関羽にひきかえ、色黒く、ブ男。だが2メートルを越す身長の上に、力があり、常に前線部隊長となって活躍する。張飛ここにあり!と叫べば、百万の敵もふるえあがったという。豪傑のわりには、いささかオッチョコチョイであり、時には失敗もするが、これがまた民衆の人気を呼ぶゆえんである。

関羽
中国の理想的な軍人と崇拝され、今も、関羽の廟が至る所にある。重さ50kgの大青龍刀を振り回す劉備の第一の幕僚。中々の美男子で、胸まで垂れた関羽ヒゲは有名。加藤清正のヒゲは、その和製である。

孫権
青いヒトミ、大きな口、紫のヒゲのエキゾチックな好男子。曹操の対抗馬で、剛気な一面を持っていた。わずか19歳で呉王となり、水軍数百万を指揮した。

曹操
悪玉の見本みたいに言われているが、中々の大物。占師に“平時の能臣、乱世の奸雄”の相があると言われてもかえって喜んだほどのスケールの大きな人物。現代の社会、現代の世界にも適用する。戦いに惨敗しても、朗々と詩を口ずさんだりしている。

朝日新聞』1966年(昭和41年)9月22日水曜日 朝刊,12版,2面

三国志」旋風!日本全土を席巻
※出版史上革命的売行き!あなたは、もうお読みになりましたか……

第2巻発売!お待たせしました 早くも大反響
三国志(ニ)

劉備
曹操に追われ、失意・焦慮の明け暮れ。だが「三顧の礼」で大軍師・孔明を迎えるや、水を得た魚のよう。赤壁の戦い曹操を破り、義弟の関羽張飛、それに槍を取っては古今の大名人趙雲をしたがえ、勇躍、蜀に進軍する。

関羽
武勇にたけ、忠節と信義にあつい。その上男ぶりもよく、敵将曹操に男と男の恋を打ちあけられて悩む。ために曹操の首を目前にしながら、好漢・関羽、涙して逃す。

張飛
猪突猛進のファイター。長坂橋の戦いでは、ただ一騎、曹操百万の大軍と対決。その凄まじい形相、雷のような声に、さすがの曹操もびっくり仰天で退散。

諸葛孔明 いよいよ登場!物語は佳境へ……
電子機器なみの明晰な頭脳!水爆的破壊力を持つ驚くべき戦略!主君・劉備を助けて、軍師・孔明演出の大戦乱ドラマ、いまここに幕開く!これぞ中国戦史に名高い“赤壁の大合戦”―

吉川「三国志」の巨大さ 作家 柴田錬三郎
時代小説をつくる者にとっては、吉川英治は、まさに巍然たる高峰である。これにいどむことに、ひとつの使命感すらおぼえる。目下、私は「三国志」を週刊現代に連載しているが、吉川「三国志」の巨大さを充分あじわっている。何百万かの読者が、吉川文学によって、どれだけの愉しみを得たか、あらためて感じる次第である。

三国志』2巻の新聞広告では生褚氏の劉関張の人物画を掲載する。この画は横山『三国志』の連載広告が描かれる際に参照されたであろう人物画の初出である。特にこの画が度々吉川『三国志』の箱などのデザインに用いられており、比例して目にする機会が増えたようである。


朝日新聞』1966年(昭和41年)9月2日水曜日 夕刊,3版,3面

革命的売行き!
三国志(ニ) 第2回配本!680円
お早く書店へ…

「旧版」「新版」の『三国志』の全新聞広告で唯一夕刊に掲載されたのがこの広告である。吉川英治の可愛らしい似顔絵も添えられている。

朝日新聞』1966年(昭和41年)10月29日土曜日 朝刊,12版,3面

不滅の吉川文学!全国に「三国志」旋風!
ああ秋風五丈原
第3巻《完結編》
いよいよ
31日発売!
三国志1・2巻の増刷が相つぎ、3巻も一挙に大量部数を印刷しましたので、発売が大変遅れました。深くお詫びいたします。

三国志(三)第3回配本 定価680円

劉備・病に倒れ、関羽張飛も非業の死を遂ぐ……ひとり孔明国難を前に奮じん。「出師の表」に国家百年の計を述べ、中原に兵を進めて、魏将・仲達と相対す。制覇目前―天は孔明に味方せず!病はあつく、五丈原に巨星ついに落つ。


吉川文学の魅力 松本清張
物故作家の個人全集は、あまり売れないといわれているが、吉川さんの全集はたいへんな売行きという。その人気は作者の生存中と少しも変わらない。吉川作品のもつ魅力が世代の交替とかかわりなく永続的だからであろう。その魅力とは、構成の妙、史眼の鋭敏、人生観の透徹、文章力の的確さに、独自の庶民感覚が加わっているために違いない。物語に惹かれる人間の興味性は、人間が生きている限り、本質的に不変であることを吉川作品は立證しているかのようである。

以上が「旧版」『三国志』の新聞広告だ。いずれも生褚氏の魅力的な人物画が用いられているが、生褚氏は何を参考に描いたのかは未明である。次回は「新版」広告について触れたいが、引き続き生褚氏が用いたモノについて調査したい。

新装版 三国志(一) (講談社文庫)

新装版 三国志(一) (講談社文庫)