南鴨加茂神社

久々の更新です。

 

香川の「三国志」探訪3ヶ所目。

JR予讃線 多度津駅より北西に15分ほど歩いた位置に鎮座する家中天満宮多度津駅に戻り、今度はそこから東へ歩くことおよそ25分。

続いては南鴨の加茂神社へ足を運んだ。

 

祭神は加茂別雷神。由緒は不明であるが、かつては下加茂社の御供田が六十町あり、その関係で京都賀茂神社の別宮として勧請されたものといわれる。周囲は田畑が広がっており、大きな社叢がひときわ目立つ。

平安時代末の源平合戦の時、平家を追悼する途上の源義経が暴風雨のため寄港し、武蔵坊弁慶が神の怒りを静めるため、加茂神社に大般若波羅蜜多経を納経したという伝承が残る。

 

一の鳥居、随神門、注連柱、本殿が一直線に連なり、いずれも北東を向く。おそらく賀茂神社に向いているのであろう。また境内には石舞台を有する。

 

賀茂神社の「三国志」は本殿で見ることが出来る。『加茂神社覚書書』に拠れば、1988年の調査当時ではその本殿に2点もの「三国志」が確認できたようである。

いずれも奉納絵馬で、1点は伝「劉備元徳(ママ)乗馬の絵」、そして伝「中国古代武将 槍を携えて馬に乗る絵」が記録される。

 

 

残念ながら今回は、本殿の門扉や窓が雨戸などで完全に覆われており、絵馬どころか内部すらも確認することが叶わなかった。

境内で遊んでいた地元の子供たちに、いつ本殿が開くのか聞いたところ、祭事の際には開かれる、と教えていただけた。

 

今回は『加茂神社覚書書』の記録や図像を基に、2枚の三国志な絵馬を見ていきたい。

 

伝「劉備元徳(ママ)乗馬の絵」

所謂、檀渓図を彷彿とさせるタイトルが与えられているが、左より順に張飛関羽劉備の3人が馬に跨る姿が描かれる。これまで多くの三国志な奉納絵馬を見てきたが、このように描かれる3人の絵馬は初めてである。

 

 

記録に拠ると、拝殿西側の幣殿への扉の上に懸かり、額の左右には「維時元治二歳在/丑十一月陽月吉良日」が、下辺には奉納者の名前が連なる。

このことから元治二年(1865)11月に、伊勢参宮のために結成した17名もの集団によって奉納されたようである。ちなみに元治二年は4月に慶應改元された年である。

大きさは未明、画は雪溪。仲多度郡郡家村出身の大西雪溪(1814~1892)で、彼は円山派の中島来章に師事し、人物画を得意とした絵師である。

 

 

伝「中国古代武将 槍を携えて馬に乗る絵」

入口扉の上部に懸かり、槍を手に馬に跨る人物の姿が描かれる。懐に子供の頭部が見えることから、この人物は趙雲劉禅で、「長坂坡趙雲救幼主」の場面をモチーフである。額の左右には「明治第十三歳在庚辰/夏七月穀旦」、下部に先の絵馬と同様に14名の伊勢講集団の名が記される。

こちらは明治十三年(1880)七月に伊勢講によって納められた絵馬である。

 

胸元には子供の頭部が!阿斗だ!!

 

今回取り上げた奉納絵馬を実際に目にすることが出来なかったが、ここにも素晴らしい三国志な絵馬が納められている、と分かっただけでも成果として十分であったと思う。

やっぱり見たかった…という悔しさは少しあります。

 

〒764-0026 香川県仲多度郡多度津町南鴨384