御香宮神社

以下の記事の続き。 海寶寺の西側、南北に横たわる国道24号線に沿って10分ほど南下すると、右手に石垣と白い築地塀が見える。続いての三国志スポットは御香宮神社である。 御香宮と書いて「ごこうのみや」と読む。初見では読めない名詞だ。 御香宮神社は国道…

『三国志 趙雲無双伝』入手

6月2日(水)にリリース・レンタルが開始となった映画『三国志 趙雲無双伝(原題:趙雲傳之龍鳴長坂坡)』のDVDを入手しました! 本作は2020年11月6日(金)より中国で公開された叶青云 監督による映画で、原題で分かるように、演義の名場面の1つ「長坂の戦…

黄檗宗福聚山 海寶寺

以下の記事の続き。 藤森神社の参道を抜けて、そのまま南に直進することおよそ10分。距離にして700メートルの位置に、海寶寺が閑静な住宅地の中にひっそりと佇む。 黄檗宗の寺院で、山号は福聚山。三国志ツアー2日目初の寺院である。 山門 海寶寺は10mにもお…

陳莉莉(2021)要約訳

今回は陳莉莉(2021)「京都大興寺関帝像について」(『東アジア文化交渉研究(14)』,pp.435 - 447,2021年3月31日)の論文の要約として掲載されている英文を訳してみる。該当論文は関西大学のレポジトリにてPDFが公開されており、以下より閲覧が可能であ…

藤森神社

以下の記事の続き。 瀧尾神社を後にし、続いては藤森神社へと向かった。 藤森と書いて「ふじのもり」と読む。これは一発で読めない… 瀧尾神社の最寄り駅であるJR奈良線「東福寺」駅から南に2駅下った「JR藤森」駅が最寄りで、そこから徒歩2~3分の所に鎮座す…

瀧尾神社

久々の更新です! 今回は以下の記事の続き。 京都の寺社に現在も伝わる三国志の文物を巡る「京都三国志ツアー」。開催2日目の最初は三十三間堂と東福寺の中間に鎮座する瀧尾神社へと向かった。 瀧尾神社はJR東福寺駅より北に徒歩の3分ほどの所に位置する。創…

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます! 昨年は時勢的なことにより様々な制限があったり、自粛の要請があったり、また新たな生活様式になった方も多々いらっしゃるかと思いますが、今年も皆様が心身ともに健康でありますよう心よりお祈り申し上げます。 今年の干…

九州三国志忘年会2020(2020年12月29日)

例年、年末に北九州市黒崎の居酒屋「兀突骨」さんにて実施している三国志忘年会。この1年は時勢的なこともあり2月頃から自粛や制限などの要請があり消化不良な年となってしまいました。仕事や家庭などの諸事情により今回は少数開催となってしまいましたが、…

妙見大菩薩妙見堂

以下の記事の続き。 「鳥辺山妙見堂」や「妙見大菩薩妙見堂」などと呼ばれる日蓮宗 智積院は、清水寺の南に広がる大谷墓地のど真ん中に鎮座する。本尊は妙見大菩薩を祀る。 その由緒は資料を逸したことにより不明である。当初は浄土宗観音寺であったが、享保…

清水寺

「清水の舞台」で名高い清水寺は、先の八坂神社と同じく東山を代表とする名所のひとつである。寺伝に拠れば、由緒は霊帝の子孫と伝わる坂上田村麻呂によって宝亀九年(778)に清水山(音羽山)の中腹を拓き創建したと伝わる。かつては法相宗であったが1965年…

八坂神社

北野天満宮を後にし、続いては八坂神社へ参詣しに向かった。 八坂神社は京都東山を代表とする観光地として、国内外から多くの参拝者が訪れる。主祭神に素戔嗚尊を祀り、全国の八坂神社の総本社とされる。旧称は祇園社。夏には日本三大祭りのひとつに数えられ…

北野天満宮

北野天満宮は学問の神さまとして菅原道真を主祭神として祀り、梅や紅葉の名所としても有名な京都を代表する神社の1つである。旧称は北野神社。京都市上京区に鎮座する。 由緒は定かではないが、天暦元年(947)に開創し、社殿が造営されたと伝わる。文安元年…

【告知】三国志研究会(全国版)第2回オンライン例会で発表します

今週末10月3日(土)16時より、龍谷大学の竹内真彦教授が主催される三国志研究会 オンライン例会にて発表いたします! 今回は「寺社に見える「三国志」(2)」と題しまして、福岡県那珂川市、大阪府松原市、京都市伏見区、奈良県大和郡山市の計4ヵ所の寺社…

厳島神社/豊国神社(千畳閣)(2)

以下の記事の続き。 「関羽・周倉図」 絵馬の大きさは縦およそ2m、横およそ1m。関羽と周倉の2人の姿を描く。彼らの像容は、関羽は緑の幘を被り赤系が基調とした戦袍に身を包む。左手に持つ『春秋』を座りながら読んでおり、右手は右腹部あたりで袍をわずか…

厳島神社/豊国神社(千畳閣)

瀬戸内海に浮かぶ宮島の北東部に、朱塗りの大鳥居と大伽藍を構える厳島神社が鎮座する。祭神は市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命で、創建は推古天皇元年(593)と伝わる。*1 厳島神社の大伽藍は、大鳥居・客神社・厳島神社・高舞台・大国神社・天神社・能舞台…

日吉神社

以下の記事の続き。 平野神社を後にしファミレスで朝食を摂った後、続いては日吉神社へ向かった。 那珂川市のほぼ中心に位置する日吉神社は、市の中央を南北に貫流し流れる那珂川のほとりに鎮座する。特筆すべき点として村で最も低い位置に祭られていること…

平野神社(2)

以下の記事の続き。 さて平野神社には月岡芳年「玄徳風雪に孔明を訪る」を取材した『三顧の礼』絵馬の他に、三国志関連の絵馬がもう1点奉納されており、同じく絵馬堂にて見ることができる。 全体USHISUKEさんと比較 こちらの絵馬にもラミネートが施された解…

東京「媽祖廟」参詣(5)

2020年8月2日(日)13時より田町に所在する中華料理屋「三国軒」にて開催される第59回「三国志義兄弟の宴」に参加すべく上京した。今回の宴のテーマは大好きな人物の1人である「兀突骨」についてである。これは問答無用で参加するしか選択肢はなかった。 第5…

消えた「関帝廟」

福岡「関帝廟」の再来か。 2002年5月に千里中央すぐそばにオープンした商業施設 千里セルシー(大阪府豊中市新千里東町)。その5階には中華街をコンセプトに、20店ほどの中華料理を提供する飲食店が軒を連ねていた。ワンフロアが疑似的な中華街で、細部にま…

平野神社

福岡県大野城市牛頸に鎮座する平野神社は、平野神社(京都市北区)を本社とする社で、地元では「牛頸神社」との愛称で親しまれている。ここには「三国志を取材した絵馬がある」という情報をかねてより得ていたが、地理的な問題もあり長年足を延ばせずにいた…

『封神演義』の剪瓷雕

『封神演義』ファン必見! 今回は4年前の記事の続きです。 横浜「関帝廟」の牌楼には様々な剪瓷雕(せんじちょう)と呼ばれる装飾が施されており、上の記事にて『三国志演義』より「関羽千里行」と、『封神演義』より4つの場面をモチーフにした装飾があると…

2019年刊行「三国志」関連書籍目録

2019年に刊行された三国志や、三国志を題材にした書籍を発行年月日順にリスト化してみました! 毎年どのような「三国志」作品が登場するのか、定点観測をしているのですが、今年は特別展「三国志」が開催に伴い、それに便乗して様々な「三国志」関連書籍が世…

【告知】三国志研究会(全国版)第42回例会で発表します

龍谷大学の竹内真彦教授が主催されている「三国志研究会(全国版)」。来週1月19日(日)14時より、龍谷大学大阪梅田キャンパスにて開催される第42回例会にて「博多南地区に見える「三国志」」と題して、昨年末に調査した神社2ヵ所の「三国志」作品について…

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。謹んでみなさまに新年をお祝い申し上げます! 今年の干支は子年ですが、三国志でネズミと言えば誰を思い浮かべますか? ネズミの齧り痕の話で有名な曹沖でしょうか?それとも「鼠輩」と罵られた劉備や関羽、孫権たち英雄で…

九州三国志忘年会2019(2019年12月28日)

北九州市黒崎の居酒屋「兀突骨」さんにて、毎年末に実施している三国志忘年会。2019年を締めるべく今年も開催してきました。例のごとく今回も三国志な話題を肴に、美味しい肉料理やお酒で酒池肉林となりました。 様々な話題が文字通り書ききれないくらい次か…

『晉書』卷十二 天文中に関するメモ(2)

まずは「月變」について。意味は月の変化。この項は他の項目と比べ、掲載されている事象が少ないため、範囲は設けず全て列挙する。 月變 魏文帝黃初四年十一月,月暈北斗。占曰:「有大喪,赦天下。」七年五月,帝崩,明帝即位,大赦天下。 孝懷帝永嘉五年三…

『晉書』卷十二 天文中に関するメモ

前回に引き続き、今回は天文志 中の「日蝕」の項に見える三国時代に関する事象の記述を見ていきたい。天文志 下と同様に範囲は光熙年間までをとする。 魏文帝(曹丕)の時代 魏文帝黃初二年六月戊辰晦,日有蝕之。有司奏免太尉,詔曰:「災異之作,以譴元首…

『晉書』卷十三 天文下に関するメモ(3)

前回に続いて、今回は司馬炎の咸寧年間から光熙元年九月(306年9月)までを見ていく。 武帝咸寧四年九月,太白當見不見。占曰:「是謂失舍,不有破軍,必有亡國。」是時羊祜表求伐吳,上許之。 五年十一月,兵出,太白始夕見西方。 太康元年三月,大破吳軍,…

『攝津名所圖會大成』卷之六「關帝堂」翻刻

四天王寺の東側、大阪市天王寺区勝山の住宅地に大阪 関帝廟こと、黄檗宗白駒山 清寿院(通称:南京寺)が鎮座する。関帝廟ということで、本尊は例にもれず関帝像である。その左右は関平と周倉が侍る。 清寿院の関帝像は古く、おそらく清寿院が浄土宗から黄檗…

『晉書』卷十三 天文下に関するメモ(2)

昨日に続き今回は正始元年から景元五年まで、曹芳から曹奐が統治した時代までの事象について見ていく。 少帝正始元年四月戊午,月犯昴東頭第一星。十月庚寅,月又犯昴北斗四星。占曰:「月犯昴,胡不安。」 二年六月,鮮卑阿妙兒等寇西方,敦煌太守王延破之…