三国志

2019年刊行「三国志」関連書籍目録

2019年に刊行された三国志や、三国志を題材にした書籍を発行年月日順にリスト化してみました! 毎年どのような「三国志」作品が登場するのか、定点観測をしているのですが、今年は特別展「三国志」が開催に伴い、それに便乗して様々な「三国志」関連書籍が世…

【告知】三国志研究会(全国版)第42回例会で発表します

龍谷大学の竹内真彦教授が主催されている「三国志研究会(全国版)」。来週1月19日(日)14時より、龍谷大学大阪梅田キャンパスにて開催される第42回例会にて「博多南地区に見える「三国志」」と題して、昨年末に調査した神社2ヵ所の「三国志」作品について…

『晉書』卷十二 天文中に関するメモ(2)

まずは「月變」について。意味は月の変化。この項は他の項目と比べ、掲載されている事象が少ないため、範囲は設けず全て列挙する。 月變 魏文帝黃初四年十一月,月暈北斗。占曰:「有大喪,赦天下。」七年五月,帝崩,明帝即位,大赦天下。 孝懷帝永嘉五年三…

『晉書』卷十二 天文中に関するメモ

前回に引き続き、今回は天文志 中の「日蝕」の項に見える三国時代に関する事象の記述を見ていきたい。天文志 下と同様に範囲は光熙年間までをとする。 魏文帝(曹丕)の時代 魏文帝黃初二年六月戊辰晦,日有蝕之。有司奏免太尉,詔曰:「災異之作,以譴元首…

『晉書』卷十三 天文下に関するメモ(2)

昨日に続き今回は正始元年から景元五年まで、曹芳から曹奐が統治した時代までの事象について見ていく。 少帝正始元年四月戊午,月犯昴東頭第一星。十月庚寅,月又犯昴北斗四星。占曰:「月犯昴,胡不安。」 二年六月,鮮卑阿妙兒等寇西方,敦煌太守王延破之…

『晉書』卷十三 天文下に関するメモ

恥ずかしながら中華書局の『晉書』を持っていないため、『晉書』を読むにあたり、中央研究院の「漢籍電子文獻資料庫」と、維基文庫の晋書、そして中國哲學書電子化計劃が公開する影印本(ハーバード燕京図書館蔵)を参照した。 また天文に関する知識や用語等…

祭りの中の「三国志」

日本では古代から感謝や祈り、慰霊などのために神仏や祖先を祀る行為として祭りが執り行なわれてきた。今日では地域ごとに多様化した様式の「祭り」が伝わり、今日もまたどこかで行われている。 今回はそんな「祭り」の中に息づく「三国志」に注目したい。日…

第13回三国志祭

2019年11月3日(日)に神戸市新長田地区で開催された「第13回三国志祭」および「六間道三国志祭」に参加してきました。今年も会場内に設けられた特設ステージではトークショーや三国志を題材として演劇などが行われ、また三国志グッズや切り絵などをはじめと…

清河八郎が見た関羽

昨年、上の記事を作成した際に、伝承では足利尊氏とする箇所が『西遊草』では三代目将軍 足利義満の名で記されていたり、伝「関帝」像の脇侍二躯に関しても、関平・関興ではなく、関平・周倉と尊名が記されていることから、小山松 勝一郎 校注『西遊草』が誤…

榛名神社と八斗島稲荷神社の彫刻をめぐって

今回は「北関東三国志ツアー」番外編! これまで4回にわたりツアーで巡った群馬県内の寺社の「三国志」作品についてレポートを掲載した。どこにどのような作品があるのか整理すると次の表の通りである。もし行かれる方は参照していただければ幸いです。 法水…

八斗島稲荷神社

「北関東三国志ツアー」4箇所目。これまでは渋川市の寺社を巡ってきたが、今度は伊勢崎市八斗島町に場所を移す。当初は猿田彦神社の後に渋川市内にある喫茶店「しょっかつ珈琲」へ足を延ばす予定であったが、時間の都合により断念… 榛名神社から始まった三国…

猿田彦神社

「北関東三国志ツアー」3箇所目。榛名山中腹の榛名神社、伊香保温泉街よりすぐの法水寺と、これまでは多くの参拝者で賑わう寺社を巡ってきた。上越新幹線を東に越えて、今度はいわゆる町の神社とでも言えよう少し閑散とした猿田彦神社へ参詣することに。 猿…

臨済宗佛光山 法水寺(2)

「北関東三国志ツアー」2箇所目。榛名神社を阿斗もとい、あとにし続いては臨済宗佛光山 法水寺へ。 今春作成した記事で法水寺の概要について記したので今回は省略する。 法水寺は榛名山東麓、渋川市の山間部の広大な土地に伽藍を構えており、伊香保温泉街よ…

榛名神社

群馬県内に見える「三国志」を巡った「第2回 北関東三国志ツアー」を2019年7月28日(日)に敢行した。そのレポートをいくつかの頁に分けて記したい。ツアーの概要については以下のまとめを参照されたい。 ・第2回北関東三国志ツアー - Togetter 「北関東三国…

井上文昌「関羽正装図」

とある方より情報をいただいたので記事に。 この場を借りて御礼申し上げます。この度は大変貴重な情報を誠にありがとうございます! 今回は北海道石狩市の三国志スポットについてです。 以前より国内の寺院や道観等において祀られる関帝像について調査してい…

張松について

毎月東京都港区の三国軒にて開催されている「三国志義兄弟の宴」。その第51回目の宴が2019年9月15日(日)に開催される。今回のテーマはまさかの張松!彼にスポットが当たるなんて思いもしなかった… 第51回三国志義兄弟の宴開催決定日時:2019/9/15(日)13時開…

伝足利直義画「三国志」について

三国志ニュースの2019年8月13日(火)付の記事において、「足利直義筆(滋賀県米原市 清瀧寺徳源院)」と題する記事が更新された。タイトルの割には記事のほとんどが個人の日記的な記述が占めており、残念ながら肝心の「三国志」画に関してはたった数行程度…

鄧艾と剣

鄧艾について調べていたら面白い記述があったので以下に。 梁代までの英雄が所有した名刀・名剣について記した陶弘景『古今刀剣録』。そこに鄧艾の「刀」に関する伝承が記されている。 原文は「漢籍レポジトリ」の『欽定四庫全書』子部九の『古今刀劍錄』と…

ちくま『三国志』誤訳について

王必について調べていると、『三國志』魏書 武帝紀(建安二十三年条)に引く『三輔決錄』注において誤訳を見付けてしまったので、備忘録として記事に。 三輔決錄注曰:時有京兆金禕字德禕,自以世為漢臣,自日磾討莽何羅,忠誠顯著,名節累葉。覩漢祚將移,…

馬岱の字を考える2

思い付きです。 三年前に作成した上の記事において若干触れたが、馬岱の字が「伯瞻」とする説があり、その出典が『陜西省扶風縣郷土志』に見える、ということは一部の三国志ファンの間では知られている。陳寿『三國志』や『三国志平話』、そして『三国志演義…

王元姫の忌日(268年3月21日)

(泰始四年)三月戊子,皇太后王氏崩。【房玄齢・李延寿『晉書』巻三 武帝紀】 (泰始)四年,后崩,時年五十二,合葬崇陽陵。【房玄齢・李延寿『晉書』文明王皇后傳】 268年3月21日に文明皇后 王元姫が52歳で亡くなり、その後に司馬昭の墓所 崇陽陵に合葬さ…

曹仁の忌日(223年3月19日)

(黃初四年三月)丁未,大司馬曹仁薨。【陳寿『三國志』魏書巻二 文帝紀】 黃初四年三月丁未すなわち223年3月19日に大司馬の曹仁が56歳で亡くなった。 新暦では同年5月6日にあたる。

陸遜の忌日(245年2月4日)

惟赤烏八年二月粤乙卯,呉故使持節,郢州牧,左都護丞相,江陵郡侯陸公薨。【陸雲『呉故丞相陸公誄』】 245年2月4日に使持節・郢州(荊州江北諸郡)牧・江陵侯の陸遜が63歳で亡くなった。新暦では同年3月19日にあたる。『三國志』や『建康實錄』ではこの事に…

曹操の忌日(220年1月23日)

(建安二十五年春正月)庚子,王崩于洛陽,年六十六。 【陳寿『三國志』魏書巻一 武帝紀】 220年1月23日に魏王 曹操が洛陽にて66歳で亡くなった。新暦では220年3月15日にあたる。 そんな訳で、曹操を偲び蒼天航路の「ならばよし!」湯呑で昨日紹介した曹操「…

姜維・鍾会・劉璿・張翼の忌日(264年1月18日)

(咸熙元年春正月)是月,鍾會反于蜀,爲衆所討;訒艾亦見殺。【陳寿『三國志』魏書巻四 陳留王紀】 (景元五年一月)十八日日中(略)姜維率會左右戰、手殺五六人、衆既格斬維、爭赴殺會。會時年四十,將士死者數百人。【陳寿『三國志』魏書巻二十八 鍾會傳…

少帝 劉弁の忌日(190年1月12日)

初平元年春正月,山東州郡起兵以討董卓。辛亥,大赦天下。癸酉,董卓殺弘農王。【范曄『後漢書』巻九 孝獻帝紀】 初平元年春正月辛亥,大赦天下。侍中周䑛、城門校尉伍瓊說董卓曰:「夫廢立事大,非常人所及。袁紹 不達大體,恐懼出奔,非有他志也。今購之急…

張当・曹爽・丁謐・訒颺・何晏・畢軌・李勝・桓範の忌日(249年1月10日)

嘉平元年春正月(略)戊戌,有司奏収黃門張當付廷尉,考實其辭,爽與謀不軌。又尚書丁謐、訒颺、何晏、司隷校尉畢軌、荊州刺史李勝、大司農桓範皆與爽通姦謀,夷三族。【陳寿『三國志』魏書巻四 齊王紀】 嘉平元年春正月(略)戊戌、すなわち249年1月10日に…

孫堅の忌日(193年1月7日)

初平三年,術使堅征荊州,擊劉表。表遣黃祖逆於樊、訒之間。堅擊破之,追渡漢水,遂圍襄陽,單馬行峴山,為祖軍士所射殺。 典略曰;堅悉其衆攻表,表閉門,夜遣將黃祖潛出發兵。祖將兵欲還,堅逆與戰。祖敗走,竄峴山中。堅乘勝夜追祖,祖部兵從竹木間暗射堅…

埼玉県山西省友好記念館(神怡館)廃止へ(2018年3月31日)

備忘録として。中国の文化や歴史等に触れることができる日本で数少ない専門施設の1つ埼玉県山西省友好記念館 神怡館(埼玉県秩父郡小鹿野町)。ネットショップ「英傑群像」のグッズが販売されていたり、その繋がりで三国志祭にブース出展されたり、関羽像等…

陳羣の忌日(236年12月24日)

(青龍四年)十二月癸巳,司空陳羣薨。 『三國志』魏書巻三 明帝紀 236年12月24日に司空・陳羣が亡くなった。子の陳泰が彼の跡を継いだ。新暦に変換するとこの日は237年2月7日にあたる。陳羣に関しては何歳で亡くなったのか明記されていないため、生年は不明…