関帝

東京「媽祖廟」参詣(5)

2020年8月2日(日)13時より田町に所在する中華料理屋「三国軒」にて開催される第59回「三国志義兄弟の宴」に参加すべく上京した。今回の宴のテーマは大好きな人物の1人である「兀突骨」についてである。これは問答無用で参加するしか選択肢はなかった。 第5…

消えた「関帝廟」

福岡「関帝廟」の再来か。 2002年5月に千里中央すぐそばにオープンした商業施設 千里セルシー(大阪府豊中市新千里東町)。その5階には中華街をコンセプトに、20店ほどの中華料理を提供する飲食店が軒を連ねていた。ワンフロアが疑似的な中華街で、細部にま…

『攝津名所圖會大成』卷之六「關帝堂」翻刻

四天王寺の東側、大阪市天王寺区勝山の住宅地に大阪 関帝廟こと、黄檗宗白駒山 清寿院(通称:南京寺)が鎮座する。関帝廟ということで、本尊は例にもれず関帝像である。その左右は関平と周倉が侍る。 清寿院の関帝像は古く、おそらく清寿院が浄土宗から黄檗…

清河八郎が見た関羽

昨年、上の記事を作成した際に、伝承では足利尊氏とする箇所が『西遊草』では三代目将軍 足利義満の名で記されていたり、伝「関帝」像の脇侍二躯に関しても、関平・関興ではなく、関平・周倉と尊名が記されていることから、小山松 勝一郎 校注『西遊草』が誤…

井上文昌「関羽正装図」

とある方より情報をいただいたので記事に。 この場を借りて御礼申し上げます。この度は大変貴重な情報を誠にありがとうございます! 今回は北海道石狩市の三国志スポットについてです。 以前より国内の寺院や道観等において祀られる関帝像について調査してい…

大興寺の関連資料の翻刻『山城名跡巡行志』第二

久々に大興寺に関する記述を掲載する資料『山城名跡巡行志』を見付けたので、今回はその翻刻を行う。 は宝暦四年(1754)に釈浄恵により山城国の名跡の巡行を目的に記されたいわゆるガイドブックである。その第二「愛宕郡 二」に大興寺の項が設けられている…

臨済宗佛光山 法水寺

伊香保温泉で有名な群馬県渋川市。その県道15号線沿いに、国内では類を見ない超巨大な寺院が建立された。昨年2018年4月21日(土)に落成したその寺院の臨済宗佛光山 法水寺と言う。 法水寺の航空写真。埼玉の聖天宮(地図右)と比較するとその巨大さは歴然で…

柳成竜『記關王廟』翻刻

柳 成龍(1542 - 1607年6月7日)は、李氏朝鮮の宣祖に仕えた宰相で、文禄・慶長の役に活躍した人物である。 さて今回は柳成龍『記關王廟』の翻刻を行う。原文を参照するにあたり早稲田大学の古典籍総合データベースにて公開されている崇禎六年(1633)跋の柳…

東京「媽祖廟」再訪

2019年3月21日(木)に東京「媽祖廟」へ参詣してきた。最後にここへ来たのは2016年4月9日(金)なので、実に約3年前の振りの参詣である。 今回はお礼参りと、以前記事にしたように2017年4月13日(木)に廟内の諸像の配置替えが行われたが、実際にまだ目にで…

程順則『琉球国創建関帝廟記』翻刻

程順則(1663 - 1735年)は江戸時代中期の琉球の士族で儒学者である。 琉球における関帝廟の建立に関してまとめた彼の著書『琉球国創建関帝廟記』が、周煌『琉球国志略』巻十五 藝文に収められている。 周煌は乾隆帝が琉球王国第二尚氏王朝の尚穆王を冊封し…

福岡「関帝廟」・福岡空港「関帝像」

これまで何度か福岡「関帝廟」およびこの関帝像を幾度か参詣しに足を運んだが、これまでこの像に関して詳細な記事を作成していなかった。昨年末にも関帝像を詣でに行ったので、この機に福岡「関帝廟」の設置当初から現在に至るまでの概要を以下にまとめたい…

黄檗宗少林山 達磨寺(再訪)

・北関東三国志ツアー - Togetter https://togetter.com/li/1207807北関東三国志ツアーその3。・聖天宮 - 尚書省 三國志部 http://d.hatena.ne.jp/kyoudan/20180314/1520957334・中華 孔明 - 尚書省 三國志部 http://d.hatena.ne.jp/kyoudan/20180316/152112…

第24回例会のレジュメ

昨日龍谷大学の竹内先生が主催されている「三国志研究会(全国版)」第24回例会にて「足利尊氏の「関帝」像について」と題してお話をさせていただきました。まずはご清聴くださりありがとうございました。これまでの研究会にて報告したことを踏まえて、今回…

【告知】三国志研究会(全国版)第24回例会で発表します

龍谷大学の竹内真彦教授が主催されている「三国志研究会(全国版)」。2018年6月10日(日)に龍谷大学大阪キャンパスにて開催される第24回例会にて「足利尊氏の「関帝」像について」と題して報告をします。・第24回 三国志研究会(全)例会のお知らせ - 三国…

『絵詞要略 誓願寺縁起』

関帝とは直接関係がないが武村南窓をより知るため、また今後彼について調べる中で手掛かりとなりうる資料があったため今回はそれを取り上げる。 慧明 編・東洲 画『絵詞要略 誓願寺縁起』上下巻(以下『縁起』)。絵詞と書いて「えことば」と読むそうだ。跋…

「関帝」扁額の作者考

昨日の記事の続き。「関帝」扁額の裏側、つまり「関羽大将軍」の面に記されている人物名を手掛かりに調べた結果、作者であろうと思われる人物がひとり浮上したので、その備忘録を…。・「関帝」扁額について - 尚書省 三國志部 http://d.hatena.ne.jp/kyoudan…

「関帝」扁額について

大興寺が蔵する寺伝「関帝」像の制作時期は未明である。またそこには関帝像と共に中国から取り寄せた「関帝」と記された扁額があり、額面に「南宋武幹謹書」と署名があることからその内容を根拠に、同時期に伝わった「関帝」像は扁額と同時期、つまり南宋期…

大興寺の関連資料の翻刻『西遊草』巻六

幕末の尊攘派の志士である清河八郎が、安政二年(1855)三月二十日から九月十日までの約半年間彼の母親を連れて伊勢・関西・四国・中国地方・江戸を巡る。 今回取り上げる『西遊草』は、彼が旅で見聞きしたこと思ったこと、そして出来事等をまとめた日記であ…

大興寺の関連資料の翻刻『日本輿地通志 山城志』巻第五

久々の更新です。 3月から生活環境が大きく変わり、1日の睡眠時間を計4時間確保することができるかどうか…要は多忙を極めていたことに因り、記事の投稿どころかネットサーフィンすることすらままならない状態であったが、ようやく落ち着いてきた。 まずは放…

【告知】三国志研究会(全国版)第22回例会で発表します

龍谷大学の竹内真彦教授が主催されている「三国志研究会(全国版)」。再来週、2018年4月8日(日)に龍谷大学大阪キャンパスにて開催される第22回例会にて「達磨寺の関帝像について」と題して報告をします。・第22回 三国志研究会(全)例会のお知らせ - 三…

大興寺の関連資料の翻刻『雍州府志』巻第四 寺院門上 愛宕郡

久々に大興寺に係る資料の翻刻を。 今回の資料は黒川道祐『雍州府志』貞享三年(1686)である。本書は 安芸国出身の医師である黒川道祐が、後に儒学者の林羅山に学んで歴史家となり、山城国を中国の雍州になぞらえ、地理や沿革、風俗行事、神社、寺院、特産…

大興寺の関連資料『月堂見聞集』巻十八

本島知辰(月堂)が元禄十年(1697)から享保十九年(1734)まで江戸や京都、大坂で見聞きした事を記録した雑録。自身の意見や感想などは全く含まず、ただ淡々と客観的に事蹟を書き記す。享保十年七月から翌享保十一年九月までの出来事を掲載した『月堂見聞…

大興寺の関連資料の翻刻 『再撰 花洛名勝図会 東山之部』巻四

大興寺に関する資料を見付けたので、久々に翻刻を。 今回の資料は木村明啓 編,暁鐘成・四方義休・楳川重寛 画『再撰 花洛名勝図会 東山之部』元治元年(1864)である。 芝藥師 同西ニ隣る霊芝山大興寺と号須旧ハ大宮五辻ニあり今芝薬師甼といふ往昔天台宗今…

横山『三国志』文庫本付録コラム 一覧

横山『三国志』の文庫本の巻末に、有識者による多種多様のコラムが付録として掲載されている。何度か通読していたため中華街の関帝廟や長崎の唐寺を取り上げたコラムもある、と認識はしていたが、まさか大興寺についても取り上げられていた。しかも画像付き…

山田邦和『京都 知られざる歴史探検 上』(2017年10月25日)

少し情報をフォローすることが遅れてしまったが、今からおよそ2か月前の2017年10月25日(水)に新泉社より山田 邦和『京都 知られざる歴史探検 上―上京 洛北 洛東・山科―』が2160円(税込み)が発売された。・京都 知られざる歴史探検 上 http://www.shinsensh…

『山城名勝志』愛宕郡部十三下における「女」の字形について

今回は以下の記事の続き。・足利尊氏の霊夢 - 尚書省 三國志部 http://d.hatena.ne.jp/kyoudan/20171211/1512950466先述したように、霊芝山大興寺の記述において「女来告天告」に見える「女」が、実は「如」ではないかと指摘をいただいた。それを明らかにす…

尊氏と関羽(最終更新20180611)

大興寺像に関することについてあれこれ書き散らした(今後も関連記事を投稿する)ので、ここで一度情報整理のため以下に記事のリストアップをして整理したい。レポート 2014年9月14日(日)に拝観。日本の関帝像を調べるきっかけ。 ・臨済宗東福寺派霊芝山 大…

大興寺の関連資料の翻刻『先進繍像玉石雑誌』巻第八

最後は『先進繍像玉石雑誌』天保十四年(1843)の記述を取り上げる。個人的に大興寺の関羽像に関する記述を掲載する文献は今回のこれで最後である。これら以外にももしかしたら大興寺が蔵する関羽像に関しての記述があるのかもしれない。もし見つかり次第、…

大興寺の関連資料の翻刻『拾遺都名所図会』巻二 左青龍尾

続いて秋里籬島 著,竹原春朝斎 画『拾遺都名所図会』安永九年(1780)についてである。今回の底本は天明六年(1786)の再板本を用いる。 芝藥師 迎称寺乃西尓隣る。霊芝山大興寺と号須。元大宮五辻尓あり。今芝薬師町とい不。古ハ天台今禅宗と奈る。東福寺…

大興寺の関連資料の翻刻『山州名跡誌』巻四

先日に続き今回は坂内直頼(白慧)撰『山州名跡志』正徳元年(1711)の記述を取り上げる。 『山州名跡志』は元禄年間(1688〜1704)に実地踏査を行い、神社・仏閣・名所旧跡の由来、縁起等を記したものである。当時の現状と古書の記載との相違を考証した結果…