井上文昌「関羽正装図」

とある方より情報をいただいたので記事に。

この場を借りて御礼申し上げます。この度は大変貴重な情報を誠にありがとうございます!

 

今回は北海道石狩市三国志スポットについてです。

 

以前より国内の寺院や道観等において祀られる関帝像について調査している。それを調べるに伴い三国志(正確には三国志演義の一場面)を題材にした絵馬の数々が神社や寺院等に奉納されていたり、また彫刻が社殿等に施されているということを知り、関帝調査の副産物として何故か次々に絵馬の情報が見つかった。そのためそれらの情報をマッピングした「神社仏閣に見える「三国志」」を作成していた。

 

 

 

タイトルに記したように、幸運なことに石狩弁天社(北海道石狩市弁天町22-8)に納められている井上文昌「関羽正装図」(以下、「関羽図」とする)に関する情報をいただいた。以前より存在は知ってはいたが、1つの絵馬を見るために北海道へはさすがに行けない。そのこともあり今回教えていただけたことが非常にありがたい限りである。今回はその絵馬について見ていきたい。

 

石狩弁天社の由緒は次の通りである。

石狩弁天社

 この神社は元禄7年(1694年)、松前藩の山下伴右衛門の願いによって建てられました。建てられた目的は、石狩場所の主産物、鮭の大漁と石狩に出入りする船の安全を祈るためです。中心となる神様は弁財天(弁天様)です。弁天社は石狩場所に関係した役人や場所請負人によって信仰され、とくに村山家では守り神として大切にしました。主神のほか、稲荷大明神をはじめ多くの神々がまつられていますが、石狩川の主であるチョウザメと亀を神にした「妙亀法鮫大明神(みょうきほうこうだいみょうじん)」*1は鮭漁の神としていまも信仰されています。建物の内外には本州から運ばれ奉納された御神燈、絵馬などが残り、蝦夷地第一の勢さんを誇った石狩場所の繁栄を示しています。

 

例の「関羽図」は本殿に納められており、祭壇に向かって左手に掲げられる。本殿内の様子やその他の絵馬については以下の記事に詳しく記されているため、もし興味があるかたはこちらを参照されたい。

 「関羽図」はの大きさは縦がおよそ2mほどもあるケヤキ材の巨大絵馬である。金色の下地の上に、青龍刀を提げる関羽と、彼に寄りそう赤兎馬が彩色豊に、かつ額いっぱいに描かれる。関羽は「面如重棗、脣若塗脂、丹鳳眼、臥蠶眉」と、演義の記述をそのまま再現したかと思うほど丁寧に表されている。

絵馬の左上部には「安政三年丙辰孟秋/応需而謹写/文昌丙士(落款)」と銘が見える。

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さて石狩弁財社ではこの「関羽図」を以下のように説明する。

関羽正装図』

銘文 安政三年丙辰孟秋 応需而謹写 文昌丙士

 

由来

 この絵は中国の三国志に出てくる英雄『関羽』で井上文昌が描いたものである。文昌は越後の人で画を谷文晃に学んだ。

 『関羽』は中国では武の神、また信義を重んじたことから商売繁盛の神、このほか、学問の神として信仰されている。日本では水戸光圀足利尊氏が信仰していた。 以上

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日焼けなのか、汚れなのか、塗りつぶしたのか定かではないが、非常に気になる跡が説明板に見える…内容から考えると近年作成されたものであろうか。この記述に拠れば、越後出身の井上文昌(1818~1863)が安政三年(1856)に、つまり38歳の時に描いたようである。越後で三国志と言えば、「越後のミケランジェロ」と評される石川雲蝶が作成した曹洞宗萬年山 曹源寺の「三国志、唐人馬上の図」木彫だろうか。やはり越後の人物と三国志は何か縁がある気がしてならない。

閑話休題。なぜ越後の人物が描いた絵馬がここに奉納されているのだろうか。調べた限り、今回は残念ながらその手掛かりを得ることはできなかった。井上文昌は当時かなりの名を馳せていた絵師だったのだろうか。

 

さて、個人的に目を引かれたのはこの絵馬の説明文の後半部である。関羽が死後、「関帝」として祀られるようになった事は江戸時代でも認識されていたかと思うが、「足利尊氏が信仰していた」と尊氏についても僅かではあるが触れられている。まさか北海道の社で尊氏の信仰についてこのような記述があることに非常に驚かされた。

今日、尊氏が関羽を信仰したという情報は広く知られておらず、1.地誌の記録、2.大興寺の伝承、3.研究論文、4.一般書(例えば狩野直禎『「三国志」の知恵』講談社現代新書など)程度しか見ることが出来ない。

この説明板が作成された時期や、また何をもとにしてこのような一文を記したのか気になるばかりである。

 

この「関羽図」のように、全国各地の寺社に関羽はもちろん、三国志を題材にした多種多様な絵馬が奉納されている。尊氏の信仰に関する伝承や情報が見える可能性は極めて低いと思うが否めない。ひょんなところでとんでもないモノが見つかることがあるのが、フィールドワークの醍醐味のひとつでもあるので、今後寺社を巡る際はより注視したい。

*1:通称「サメ様」